2026年2月 3日 (火)

本389…母子像

母子像…筒井康隆著

歴史学者の私は、古い家で妻と赤ん坊と暮らす。私は露店で白いサルの玩具を買い、赤ん坊のお気に入りに。仕事に行き詰った時気まぐれに子供の様子を見に行くと左手が消えており、子供を引っ張ると腕は出てきたがその手にサルの玩具を握っていた。

或る日、妻と赤ん坊の姿が消え、一切の痕跡が無くなる。赤ん坊の泣き声があちこちから聞こえるようになり、妻子を追ううち、サルの玩具が2人を異空間に引きずり込んだことに気付く。少しして、妻子の姿が宙に見えた時声を掛けると、少し反応するがこちらは見えないようだった。

サルの玩具がポケットに入っていた時、子供の泣き声を頼りに右手でサルの玩具握り、左手で右手を掴むと左手が消えかかる。空間を探すと、上部に見えない妻の体があり、左手で赤ん坊ごと妻を現実世界に引っ張り下ろすが、片手だけでは難しく、もう少しというところでサルの玩具を放してしまった結果、妻子は戻るが、二人とも肩から上がが無いままになってしまう。

今、母子は部屋の隅で暮らすが、首が無いため会話が出来ず、二人には時間も経たない様だ。サルの玩具はもう現れない。或る夜、ガラス越しに庭を見ると、妻子の首があった。眠る赤ん坊に頬ずりするように目を閉じる妻、それは絵画の母子像のようであった。家に引き籠もるように暮らしていた妻とアルビノを背負って生まれた子供は、現実社会で生きて行くよりもこのままでいいのかもしれない。この家がある限り…

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2025年12月 6日 (土)

本388…逃げ道

逃げ道…フランソワーズ・サガン著

1940年(39年に第二次大戦勃発)6月のパリ。5月に、ドイツ軍がフランスのマジノ線を突破し、6月にはパリを占領。

上流階級の男女4人が、占領されたパリを脱出する道中の物語。裕福な夫を持ち、愛人もいる若く美しい女・リュース。リュースの愛人で、若く美しいだけのジゴロであるブリュノー。機知はあるが典型的な社交人で、老年に入った夫人・ディアンヌ。裕福ではないが、外務省勤務のロイ。

リュースのリムジンで避難途中に爆撃を受け、通り掛かった若い農夫・モーリスに助けられ彼の農家へ移動。田舎を嫌ったブリュノーは逃げ出すが、迷って日射病になり、知的障害のある”おら行かね”に助けられ、見初められる。リュースは素朴で逞しいモーリスに恋する。モーリスの母で、家を取り仕切るアルレット。ブリュノー以外の3人は、畑仕事や家事を手伝う事に。厳しくも暖かい自然の中で、それまで自分達が縛られていた固定観念や、見栄や気取りから解き放たれていく。それぞれの人間性と、幸福と、人生の真実の様なものに初めて目覚めて行く。

刈り入れは終わり、休戦協定があり夫や次男も戻って来る。ドイツ軍はすぐそこまで来ている。アルレットは、彼らが出発出来るよう車を手配する。その道中、道に迷う4人。まだ抵抗を続ける残党を探していたドイツ戦車が合図するも、状況を知らずに向かって来た彼らの車は機銃掃射される…

都会人のスノビズムや偽善を、辛辣だがのびやかに、笑いのめしている様。

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2025年10月26日 (日)

本387…審判

審判…フランツ・カフカ著

「誰かがヨーゼフ・kを誹謗したに違いない」で始まる話。Kは自分に一体何の罪があるのか知りたい為、自分を断罪した裁判所の実態を探ろうとするが…

平凡な銀行員Kは、突然の逮捕に、その理由を突き止めようと懸命に努力するが、不明のまま”犬の様に”殺されてしまう。路上での処刑である。

事態は益々紛糾し、不可解の度が増す一方で、肝心の裁判所自体さえ手の届かない遠い所に姿を隠したまま。非常冷酷な支配機構、謎のヴェールに深く包まれた官僚組織。外界の秩序の不可解ないかがわしさを充分弁えながら、同様に不可解な従順さで秩序の中に入れられることを切望するK。

ある日突然逮捕されて、理由もなくやみくもに殺される。自分が正しいと信じていたことが、この上なく疑わしいとなると、人は一体何を信じたらよいのか、信じること自体が間違っていたのか…

カフカ自身「人間は自己内部の不壊なるものに対する持続的信頼なしには生きられない。不壊のものも信頼も人間にはいつまでも隠されたままの事もあるが」と。

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2025年10月13日 (月)

本386…プライオリ・スクール

プライオリ・スクール…コナン・ドイル著

寄宿学校プライオリ・スクールから或る夜、ホールダネス公爵の息子ソルタイア卿が誘拐された。事件の背後には、公爵の秘書ワイルダーと借地人で悪党のルービンヘイズが関わっている。ワイルダーは公爵の手紙をすり替え、別居しているソルタイア卿の母親が会いたがっているとしおびき寄せ、ルービンヘイズの家に監禁させる。

学校長がホームズに事件を依頼し、捜査が始まる。その夜、教師のハイデッカーもソルタイア卿の後を追いいなくなるが、林の中で撲殺されていた。ホームズの働きに因り、息子の誘拐に公爵も加担していた事、ワイルダーは公爵が昔愛した女の息子である事、ワイルダーが世継ぎの卿に激しく嫉妬し憎んで排除しようとした事等明らかになる。ハイデッカーを殺したルービンヘイズは逮捕される。ワイルダーを放っておくのは危険だとホームズが進言すると、公爵もオーストラリアに行かせ帰ってこれないようにし、妻を呼び寄せ暮らすとする。

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2025年9月 4日 (木)

映画177…沈黙の行方

沈黙の行方(2001・米)

監督・トム・マクローリン、出演・アンディ・ガルシア…

元臨床心理士で今は執筆と講演をするマイケル(ガルシア)。

3年前…息子カイルが鬱になり、同僚のハリーに診させるが、その後カイルは排気ガス自殺。後に日記からハリーに因る性虐待が発覚し、マイケルは駆けつけるもハリーは目前で拳銃自殺。妻は娘シェリーと出て行く。

教え子のバーバラから依頼され、父親に母親を殺され精神施設にいるトミーに面接。父親は母親の浮気で殴り殺したと言い服役中だが、トミーは母親の浮気を頑なに否定し、現在も異性からの接触に過敏に反応。マイケルは、トミーの父親に何度も会いに行くが相手は心を開かない。マイケルはカイルとトミーの共通点に錯覚を起こすが、彼は過去に向き合い、カイルの死後シェリーの心に寄り添えなかった事や、自分の心を閉ざしていた事に気付く。トミーの父親に君と共通点があるとカイルの自殺の話をした時、彼から妻の浮気相手は他所の男ではなく息子のトミー(裸でクローゼットに隠れていた)だったと知らされる。

トミーは賢く、バーバラやマイケルをはぐらかし続ける。施設に収容中も何度となく線路を見に行く(自殺願望?)。施設から出ることに執着するトミーは、バーバラを脅しつけ殴って半殺しにし、シェリーを半ば人質に逃亡。マイケルと警察に囲まれ一旦観念するも、警笛を聞き線路に走る。列車と衝突直前にマイケルが飛び掛かり助かり…マイケルは拘置所で、望んでいた自由(心の)を得ようとトミーに語り掛ける。

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2025年8月 8日 (金)

本385…こころ

こころ…夏目漱石著

夏の鎌倉の海で「先生」と出会う学生の「私」。先生は奥さんと静かに暮らし、学殖はあるが職業を持たず財産で衣食。私は先生の人生観や処世観から影響を受けるものの、先生の身辺や過去に謎があると感じる。先生は人を信用せず、それも過去に起因すると。それを何時か私に語ると約束。

Kの自殺、乃木将軍の自殺、先生の自殺。Kの自殺は、親友に裏切られた怒りと失恋の絶望に因る。乃木将軍のそれは、多くの部下を犠牲にした責任感と明治大帝を喪った悲しみに因る。先生のそれは、Kの自殺への罪悪感と卑劣だった自分への呵責感に因る。

先生の両親は財産家だったが、その死後管理した叔父が多くを掠め取り、以来、先生は人を信頼出来なくなる。東京で、軍人の未亡人とその娘が暮らす家に下宿し大学に通うが、その内そのお嬢さんに好意を抱いていく。先生は、子供の頃からの友人(寺の出身だが、よく考え、強い意志で自己を鍛える性質のK)を、その経済状況に同情して同居させる。或る日、Kからお嬢さんへの切なる恋を打ち明けられる。先生は先廻りして、奥さんにお嬢さんをくれるよう申し込み了承される。奥さんからそれを聞いたKは、小刀で頸動脈を切り自殺。

…叔父に裏切られて自分以外を信用しなくなった自分が、同じ利己心から親友を裏切ったのだ。Kの自殺の原因を妻にも明かさず、罪の呵責で毎月一人で墓参り。恋は罪悪だと私に言う。平生は皆善人だが、いざという間際に悪人に変わる恐ろしさ、その間際とは何かが己の利益であると判断される間際だと。私に、君がこれを手にする頃にはもう自分はこの世に居ないだろうと、長い手紙を残す。

先生は、エゴイズムからの脱出として死を選ぶ。自己崩壊でもあり、背負っていた罪から受けた復讐だが、脱出の満足感は妻の不幸を代償とする。明治天皇の崩御と、明治の御代の終わり、乃木将軍の殉死で一気に触発されたもの。

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2025年7月 5日 (土)

本384…虞美人草

虞美人草…夏目漱石著

甲野と腹違いの妹藤尾。宗近と妹の糸子。小野と恩師の孤堂、その娘小夜子。

我の問題、男女間の愛情と理性と正義の問題、道義と誠実の問題、第一義の生き方の問題がある。

我の人としての藤尾は、才を頼み、虚栄心強く、我を押し通し、一切を踏みにじって顧みない女である。藤尾の母親も同じで、小細工を弄する打算の人で、全ての愛と興味を藤尾に集中して他を少しも顧みない。

理性と道義と第一義に生きようとする、甲野と宗近と糸子。甲野は理論を与え、宗近がその理論を実践、糸子は素直の権化で道理の感覚を持つ。

間で振り回される風の小野は、秀才だが小さい才子で、第一義の道を見も出来ず、小さい打算に生き、その打算が思わず藤尾を悲劇に導く。

人は第一義に生きるべきなのに、偽りを生き自他を誤魔化す。道義の失墜、人間の堕落ははそこにある。悲劇が偉大なのは生を変じて死となすからで、忘れていた死を不用意に点出し、ふざけた者をして襟を正さしめるから。

甲野と宗近の父親同士で内々定していた宗近と藤尾の婚姻。小野と恩師で内約束していた小夜子と結婚。藤尾の母が謀り(相続人の甲野を追い出し全遺産を得、言いなりの婿を取る)、甲野と宗近を遠避けていた間に藤尾と小野を接近させる。藤尾にとって小野は宗近よりも扱い易く、小野も藤尾に目が眩み、卑怯にも他者に小夜子との婚姻を断らせる。義母の企みを承知の上、全て譲る積りの甲野は、外交官に登用された宗近に藤尾を諦めさせる(お前の良さを藤尾は理解しない)。糸子の甲野への想いを知っている宗近は、寄り添わせようと甲野を説得。宗近に人としての真面目さを悟らされた小野は小夜子を迎えに行く。全て思い通りになる筈が、土壇場で現実に接し半狂乱になり卒倒しそのまま死ぬ藤尾…

虞美人草とはひなげし(ポピー)である。

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2025年6月 8日 (日)

本383…技巧的生活

技巧的生活…吉行淳之介著

毎日一緒に暮らしている女房の心理、絶えず知ろうと努めている恋人の心理さえ、本当に解ることが無い。相手の心理が解ったと言うのは幸福な妄想である。その了解不能の壁の存在を、そして孤独な人間の内部を描く事で、真実に迫れるとする。

男を商品として、無機物の如く見ようとする酒場の女性の、極めて技巧的な生活と意識が描かれる。プロローグの青年と少女の霧の中の恋愛の情景…甘い夢は砕かれ、御伽噺の少女は女になる。それでも、技巧的・不自然な人工的生活をする酒場の女達も、その嘘の上に夢や執念を持っている。

主人公の少女の恋が破れ、手遅れで無理な堕胎をしたトラウマに因る妊娠恐怖と性への嫌悪があり想像妊娠に陥る。それが、彼女をして拒否的な技巧生活を取らしめる。

現代人は他者との了解不能の中に孤独に生きるしかなく、それがそのまま一般の疎外の姿である。自分を守り、生きて行くためには技巧的に暮らす以外にない、と。

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2025年5月 4日 (日)

映画176…執炎

執炎…1964(日)

原作・加茂菖子、監督・藤原惟繕、出演・浅丘ルリ子、伊丹十三…

日本海の山陰の浜辺で一人の女が命を絶った…その七回忌から始まる。

浜の男である拓治(伊丹)がきよの(浅丘)に初めて会ったのは、彼等が13歳と11歳。拓治が水産学校を卒業し、再会したのが20歳と18歳。きよのは山の一角にある平家集落の娘だった。拓治が3年の兵役を終え、二人は因習を超えて結婚。そして拓治に赤紙が届き、戦争で生活が中断したり、彼の佐世保での傷病(右足損傷)生活、その後、二人きりで村外れの山小屋に暮らし、きよのが献身的に尽くして、やがて回復していく。束の間の平和な日々…

きよのの親友である泰子の夫の戦死に因り、きよのの拓治への独占欲が激しくなる。そして、拓治が再招集され、愛蔵の能面を着けて舞うきよのの姿は執念の叫びであった。きよのは凍てつく道にお百度を踏むが、思い詰めた疲労が重なり、倒れて昏睡するようになる。

終戦の年の6月、拓治は南の海で散華。暫くして目覚めたきよのは、仏壇の写真と遺骨を見て悟り、夜をあてどなく彷徨う。その後、黒髪を切り仏壇に供え…拓治の命を奪った海に、静かに身を沈める…

…愛に生き愛に死んだ一人の女を通し、人間の精神の美しさを表したとされる文芸作。

 

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2025年4月 6日 (日)

映画175…ヒドゥン・チャイルド

ヒドゥン・チャイルド…2013(スウェーデン・ドイツ)

監督・ペール・ハネフィヨルド、出演・クラウディア・ガリ、リチャード・ウルフセーテル…

作家エリカは出産し、見舞いに来た両親が帰り道に事故死。両親の自宅を整理中、異父兄だという男が現れる。フランス(過激派リーダーで服役中)から母親を知ったと。突然でエリカは追い返すが、男はホテルで殺害される。血液検査で兄妹と判明。男は元海兵隊員で身内はおらず天涯孤独だった。

母の遺品から日記やアルバム、ナチスの鉄十字勲章が見つかり、何故か娘達と親しまなかった母の過去を調べ始める。戦時中の母を知る人物達を特定していく。メダルの鑑定を頼んだ男の家に、フランスの孫が物取りに押し入るが男は死んでいて彼が逮捕され、その後逃亡。

戦時中…ノルウェーのハンスという男が母達の村に来て、母と愛し合い彼女は妊娠する。母達の仲間の一人アクセルが戦地から帰郷。アクセルは収容所に囚われ、ハンスは看守だった。アクセルはハンスが祖国の裏切り者でナチスに協力していたと、残虐な男だと仲間に言い、嫉妬もあって森でハンスを一方的に殺す。皆に口止めし、母にはハンスが彼女を捨てて逃げたと告げる。母は出産後、ドイツの穢れた血が混じっているとされ我が子と引き離された。

…収容所で拷問に耐えきれず、祖国を裏切り密告者になったのはアクセルだった。収容所でのアクセルの秘密をハンスは知っていた。仲間を次々に殺したのは、皆が少しづつ口を割り始めたから。メダルはアクセルの物だったが、ハンスが用心に持っていたものだった。アクセルを訪れたエリカは真相に気付き、アクセルに殺されそうになるが、彼は通報で駆け付けた警察に逮捕される。両親の事故死も仕掛けられたもの。

 

 

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